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4月7日10時37分配信 ITmedia エンタープライズ

 景気は明らかに底を打ったのだそうだ。景気の先行指標を見ていると確かにそう言えなくもない。しかしそんなに「楽観的」になっていいのだろうかという気がする。

 いま景気がよくなっているのは、対中輸出を中心とする輸出の回復と在庫の積み増しが要因である。ただ国内需要という意味では、企業の設備投資は冷え込んだままだし、消費者の財布のひもも固い。政府のエコ関連補助などに後押しされているうちはいいとしても、それがなくなったら、たちまち落ち込むことは目に見えているのではないか。

●郵貯、簡保の限度額を増やしさらに膨らむ借金

 実際、自動車業界は補助金が出る9月末まではともかく、今年度の下半期は販売台数が落ちることを見込んでいる。家電でも同じことだ。政府支出による景気の下支えは、もちろんいつまでも続けられるわけではない。日本の場合、累積した借金の総額が先進国最悪と言われるほど大きく、予算でも収入のほぼ半分は国債で賄わなければならない国ではなおさらだ。

 だからこそ今、民主党政権に求められるのは、景気刺激のための政府支出と長期的な財政展望との間で、微妙なバランスを保ちながら国を経営することなのだが、現在の民主党政権はマニフェストを守るための財政支出ばかりに注意が向けられているような感じがする。

 そこに郵政民営化の見直しの方向性が明らかにされた。閣内で議論されていないとの横やりが入ったけれども、大筋は亀井大臣の思惑どおりに進むのだろうと思う。普天間問題で社民党が連立から離脱する懸念もある中で、国民新党まで失う余裕は民主党にはないからである。しかし現在の郵政見直し構想はあまりにも問題がある。

 第一に、郵貯も簡保も限度額をほぼ倍にするということだが、これではまた巨大国営金融機関の復活である。金融部門を手放したくないのは理解できる。郵便という「斜陽産業」でユニバーサルサービスを支えるためには、一方に何らかの収益事業が必要である、という考え方は欧州などでも議論されている。

 しかし日本の郵貯や簡保は今でも300兆円近い巨額のマネーを集めている(ちなみに三菱東京UFJ銀行でも預金といえば100兆円をわずかに超える程度。総資産でみても160兆円ぐらいの規模である)。

 既にこれだけの資金を集めているのに、なぜここで限度額を増やして郵貯や簡保に資金を集めなければならないのか。なおかつ、この見直しでは金融2社に対しては親会社が3分の1以上の株を保有することになっている。そしてその親会社の3分の1以上は国が保有する。その意味では、国の関与があるわけで、民間の金融機関に比べればそれだけ競争上優位にあると言ってもいい。そういう中での限度額引き上げは、中小の金融機関(ひいては亀井大臣が大事にする「地域経済」)に大きな打撃を与えることになるのではないか。

 郵貯や簡保が本来持っていた問題点は、資金の運用能力がない巨大国営金融機関が日本の資金の流れをゆがめてきたというところにある。ゆがめてきただけではない。こうした巨大な財布が国家の財政を支えてきた。

●日本はどこへ向かうのか

 本来なら、国が借金する場合、民間の金融機関に国債を買ってもらうのが筋である。それによって、国家の財政規律も保たれるからだ。国債をあまりに発行しすぎれば、機関投資家は国債の入札条件の見直し、すなわち金利の引き上げを求めることになる。政府としてはそうならないように、格付けを重視し、財政規律を保たねばならない。

 しかし郵貯や簡保が巨大な国の財布であり続け、なおかつさらに大きな財布になるならば、こうした財政規律は保たれない。国や地方の借金がGDP(国内総生産)の2倍に達しようとする今、郵貯や簡保の限度額引き上げは財布を大きくしようとする企てに見える。そして問題なのは、やがて金利が上昇したときに、郵貯や簡保は巨額の損失を抱えることになる。運用の8割を占める国債が値下がりするからだ。その損失を誰が埋めるのだろうか。「国営金融機関」であれば、当然、損失の穴埋めは税金で行われるはずだ。そして国民はそれに納得できるのだろうか。

 小泉・竹中改革は「市場原理主義」というレッテルを貼られてすっかり葬り去られようとしている。確かに、小泉・竹中改革のすべてがよかったとは思わないが、資源配分の流れを基本的に市場に任せようという発想は決しておかしいとは思わない(市場に任せることによってゆがみが生ずる場合は、それに対応すればいいのであって、市場に任せること自体を否定すべきではないと思う)。

 だいたい、かんぽの宿にしても、年金でつくった施設にしても、市場とは関係のない「武家の商法」で考えた商売がどうなるのか。見事なまでの前例がある。

 最近、米国のあるサイトで、こんな表現を見つけてどっきりしたことがある。「日本は物事の最適解を見つけようとする国ではない。われわれとは違うゲームプランで動いているのだ」

 日本の存在感が、経済でも外交でもどんどん薄れるなかで、日本は違う論理で動く国という位置づけをされたら、ますます存在感が薄れてしまう。そんな危機感を現在の民主党政権は果たしてどこまで持っているのか。それによって日本の将来は大きく変わってくる。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100407-00000006-zdn_ep-sci
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2010.04.08 Thu l 年金 l top ▲
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