産経新聞 10月16日(土)11時7分配信

【河合雅司の「ちょっと待った!」】

 やはり、費用対効果を考えるべきであろう。年金記録問題解決に向け、日本年金機構が12日からスタートさせたコンピューター上の記録と紙台帳記録との全件照合作業のことだ。

 年金記録は現在、コンピューターで管理されているが、民主党政権は、かつて使用されていた紙台帳の記録約7億2千万件(重複分を除く)と、人海戦術で一件ずつ突き合わせようというのである。

 問題は、どうしても優先してやらなければならない事業なのかという点だ。総額3千億円もの巨費がかかると見積もられているにもかかわらず、その効果については「限定的だ」と疑問が投げかけられているからだ。政府内からさえ「優先すべき政策はほかにある」との声が聞かれる。

 全件照合は、長妻昭前厚生労働相らが野党時代から「記録問題解決に不可欠」として積極的に求めてきたものだ。民主党政権は「国家プロジェクト」と位置づけている。

 もちろん、7億2千万件もあるのだから、作業はそう簡単ではない。紙台帳というのはかなり古く判読が困難なものも多い。

 このため、年金機構は持ち主が分かっている6億件を先行し、特定が難しそうな残る1億2千万件については、国民からの情報を募って着手するという二段構えの手順を描いている。

 作業拠点は全国29カ所に設け、約1万8千人の態勢で臨むのだという。作業の完了目標は平成25年度だが、政府内からは「実際にやってみなければ、どれぐらい時間がかかるか分からない」との本音も漏れる。

 民主党政権は、なぜ全件照合にこだわるのだろうか。基礎年金番号に未統合の「宙に浮いた記録」や「消えた記録」は紙台帳からコンピューターへに切り替えた際に、氏名や納付期間などを入力ミスしたことが要因の一つになっていたためだ。双方の記録の不一致を洗い出せば、記録統合に結びつけやすくなるとの考え方である。

 むろん、全件照合は無意味というわけではない。本人も忘れていたような記録が見つかり、記録統合はそれなりに進むであろう。年金記録問題というのは、旧社会保険庁のずさんな仕事ぶりが招いた“国家犯罪”である。年金制度に対する信頼を失墜させた。政府は可能な限りの手段を試みて、一刻も早く、一件でも多く解決につなげなければならないということは言うまでもない。

 とはいえ、この作業はあまりに非効率で効果が薄いと言わざるを得ない。

 第一に、今回の全件照合に先立って行われた、納付状況が複雑な記録を集めた「特殊台帳」の3096万件を対象にした照合作業が、不一致は全体の約1%にあたる約30万件しかなかった。今回照合しようとしている一般の紙台帳というのは、「特殊台帳」ほど複雑な記録を扱ったものではない。「常識的に考えて、特殊台帳と比べ不一致が見つかる可能性はさらに少ない」(厚労省関係者)ともみられている。

 第二に、今回の照合は紙台帳からコンピューターへ転記する際の入力ミスがあったことが前提となっているが、紙台帳に記されている内容が正しいとはかぎらない。

 紙台帳に記載する際に誤記入したり、担当者の勘違いで別人の記録にしてしまった可能性は排除できない。

 一方で、コンピューターに転記する際に、担当者が紙台帳の記入間違いに気付き、コンピューター側のみデータを修正したことだって考えられる。この場合には、コンピューターは正しく、紙台帳は間違っていることになり、それを「紙台帳は正しい」という前提で再度修正したら、新たな“間違った記録”が誕生することにもなる。

 コンピューターの記録というのは、紙台帳からの転記後に、結婚や転退職などによって内容がどんどん更新されていくが、紙台帳はコンピューター移行後はその役目を終え、こうした更新内容が反映されるわけではない。不一致が見つかったとしても、それは転記時に入力ミスがあったことを示しているに過ぎず、コンピューターの更新内容が正しいのかどうかを証明するものとはならない。

 つまり、紙台帳との全件照合は、持ち主の特定にはつながるかもしれないが、もう一つの課題である「記録内容そのものを正しくする」ということには必ずしもつながらない。

 第三に、全件照合はあくまでコンピューターと紙台帳にある記録を突き合わせるものである。改竄(かいざん)や、ずさんな管理で年金記録そのものを紛失してしまったような「消えた記録」には効果が期待できない。「ねんきん特別便」では、住所が変わっていて連絡が取れないケースも見つかったが、こうした記録を全件照合にどう反映させていくつもりなのだろうか。

 第四に、今回の作業ではミスを完全になくせるのかという点だ。受託事業者が一次、二次審査を行い、年金機構の職員がさらに確認を行う。突き合わせ作業においても何重ものチェックが行われるようだが、人間が行うことである。

 年金機構をめぐっては、全件照合の競争入札をめぐる入札情報漏洩(ろうえい)で逮捕者を出したほか、持ち主が判明した2千人超の「宙に浮いた記録」の統合を怠っていたことも会計検査院の指摘で明らかになるなど、相変わらず、ずさんな仕事ぶりが続いている印象もある。

 第五に、年金機構は全件照合だけをやっているわけではない。全件照合作業に多くの人手を取られることで、保険料徴収や年金相談といった他の業務がおろそかにならないのか心配だ。

 課題や懸念は山積している。これに対して全件照合作業にかかる予算は、今年度が427億円、来年度の概算要求では876億円を計上しており、全体では約3千億円かかるともされている。細川律夫厚労相は「効果が大きいと試算している」と自信を見せているが、本当にこれだけの税金を投じるに値する作業といえるのだろうか。

 現在の国家財政は逼迫(ひっぱく)しており、政府は来年度の社会保障予算を捻出(ねんしゅつ)するのに四苦八苦している。税金を一円たりとも無駄には使えない。

 国家財政にゆとりがあるときならばいざ知らず、政策効果や効率性によって、優先順位を付けることは当然のことではないだろうか。専門家からは「効果がどこまで見込めるか分からない作業に3000億円もの予算をつぎ込むくらいなら、被害者救済の財源に回すべきだ」といった意見も出ている。

 「最後の一人、最後の一円まで」という政府の決意は間違ってはいない。だが、こうした意気込みとは別に、長い年月をかけて起こった問題である以上、とれる対応に限界があることも事実だ。いずれ政治決着を図らなければならない時がやって来るであろう。

 政府は、どこまで解決に向けた努力を続ければよいのか。確認し切れなかった記録についてはどう補償するのか。政府は記録の解明作業を進めると同時に、政治決着に向けた具体的な手法やタイミングについても検討を進めていく必要がある。

 舛添要一元厚労相は「全国の市町村役場でデータを1年間さらす」などと、持ち主が分からない記録を期限を切って公開し、親族など関係者に名乗り出てもらう案を提言している。こうした方法も、かなり有力な選択肢であろう。

 肝心なのは、限られた時間と財源の中でどう成果に結びつけていくかである。民主党政権はマニフェストの修正を恐れることなく、効果の薄い政策は思い切って“事業仕分け”する柔軟な対応が求められている。(論説委員)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101016-00000530-san-pol
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