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現代ビジネス 12月11日(木)6時2分配信

 先日、NHKのニュースを見ていたら、同社の世論調査によると、今回の総選挙に際して、有権者が、政治家にもっとも重視して欲しいと考えている問題は「社会保障」なのだという。「景気対策」は二番目だった。

年金はじめ社会保障を、政治家にもっとも重視して欲しい
 実は、この順位は、民主党政権が出来た2009年の総選挙の前でも同じだった。当時は、前年のリーマンショック翌年で経済が大幅に落ち込んだ時期であったが、それでも、国民は年金をはじめとする社会保障の方をより気に懸けていた。

 しかし、特に期待された年金改革に関して、民主党政権時代は「失われた3年」と言っていい残念な時間だった。

 例えば、政権交代前に国会を通る目前だった共済年金(公務員の年金)と厚生年金(民間サラリーマンの年金)の「年金一元化」も、民主党政権時代に年金を抜本的に見直すとの理由の下に棚上げされて何も動かなかった。年金一元化は、自民党に政権が戻ってからやっと動き出して、何と来年の10月にやっと実現の運びとなる。

 この体たらくは、もともと政権3年目に年金制度改正の法案を通すという民主党のロードマップに無理があった。政権成立直後の政治的に強い時期に、具体的な法案を通しておかなければ、審議会などで時間を稼がれて、改革案は官僚に骨抜きにされることが目に見えている。民主党政権は、組織のマネジメントが全く出来なかった。

 今回の総選挙にあっては、自民党・公明党が、圧倒的な多数を獲得する可能性がある。この場合、現実的にはほんの少しの希望だが、年金改革を含む社会保障の抜本的な改革が可能になる「かも!」知れない。

 社会保障は、諸制度を総合的に調整しなければならない大きな問題なので、一度に全体像を論じることは本稿の手に余るが、重要と思える5つのポイントを指摘しておきたい。

<その1.社会保障の財源は一対一である必要はない>
 消費税率10%への引き上げを1年半延期するという安倍首相の決定は、当面の経済政策として妥当なものだったが、消費税率引き上げ延期への反対論には、財政バランスを論じる意見の他に、「消費税率を引き上げないと社会保障財源がない(ので困る)」とする意見がある。

 例えば、自民党の税制調査会会長の野田毅氏は、「私は、自民党の社会保障制度に関する特命委員会の責任者です。だから、消費税を目的税化して、社会保障以外には使わないことにしたんです」(『週刊ダイヤモンド』12月13日号、56ページ)と述べつつ、社会保障の代替財源を提示せずに消費税率引き上げを延期したことを批判する。

 しかし、国家による社会保障の財源が、消費税といった特定の名目の収入でなければならないと決めつけることこそ、無責任ではないだろうか。支払うべき社会保障費は、所得税、法人税をはじめとする諸税の収入、国債等による借り入れ、国家の資産の売却収入など、あらゆる収入の中から支払われるべきだろう。

 本質的に問題なのは、その社会保障支出が真に必要なものであるか否かと、国家のその他の支出と比較した場合の優先度だ。例えば、高齢者の医療費補助と国家公務員の昇給とどちらが大事かを考える。

 そもそもお金に色は着いていないのであって、「目的税」などという言い回しが、税収の本質を隠すインチキだ。社会保障費が必要な支出であれば、消費税の税収がない場合には他の収入が充当されたはずで、実際には消費税収があってこれが社会保障費に回ると他の収入は別の項目に支出できるのだから、消費税を他の支出に充てたことと何ら変わりがない。

 「消費税を社会保障財源として目的税化する」というのは、よく考えない国民に何となく消費税の増税を認めさせるための、悪質な目くらましに過ぎない。

<その2.年金保険料は「税金」でいい>
 そもそも公的年金の年金保険料がなぜ税金でないのだろうか。年金財政が苦しいと言いながら、厚生年金に加入していない事業所があったり、国民年金に加入していなかったり、加入していても保険料を払っていない人が多数居たりする事態を放置していることがおかしい。

 年金保険料を納めると、年金に対する帰属意識が生まれるというような、情緒的な説明は却って有害だ。日本の公的年金は、自分の保険料の積立額から計算される「積立方式」の財政方式ではなく、「賦課方式」だ。

 実質は税金なのだから、そもそも財源は税金一般であっていいし、敢えて年金の存在を強調したければ「年金税」を創設して徴収してもいい。

 行政コスト的にも肝心なことは、年金保険料と税金の徴収を別々に行う二度手間と非効率を即刻止めることだ。

 年金保険料を集める仕組みがしばらく残るなら、最低限、歳入庁を作って、税金と年金保険料の徴収を一本化すべきだろう。国民年金の加入や支払いの率が話題になること自体がおかしいのだ。

 思うに、特に国民年金・基礎年金の部分は、税金が財源でいい。

 当面のデフレ脱却のための方策としては、国民年金・基礎年金の財源を全額国費負担にして、GPIFが運用している積立金を取り崩して国民に返してしまうのがいい。公的資金が民間企業の株式を大量に抱え込むよりも、賦課方式には過大な積立金を縮小しながら、消費増税で痛んだ家計を広く補助する方がずっといい。

<その3.公的年金運用で問題なのはリターンよりもリスクだ>
 10月31日に日銀の追加金融緩和と同時にGPIFの新しい運用方針が発表され、「公的相場操縦」が本格的にスタートした。追加緩和も、新運用方針も、もっと早く発表した方が良かったのにと思ったが(前者は経済政策として、後者は実務的スケジュールとして)、今にして、総選挙を株価上昇ムードで迎えるには、これぐらいのタイミングが良かったのかと思う(政権の意図が働いたかどうかは、確認のしようがないが)。

 さて、国内株式=25%、外国株式=25%、外国債券=15%と決まった新しい基本ポートフォリオについて、その導出過程の杜撰さは前回の本連載で説明したが、『日本経済新聞』(12月9日朝刊)は、「株利回り6%楽観しすぎ?」と運用計画策定に使用された期待リターンを問題にしている。

 株式の期待リターンがいかほどか、という問題は、アカデミックにも実務的にもはっきりした答えのでない難問であり、「6%」が必ずしも高いともいえない。

 運用的な常識から眺めて、この運用計画の問題は、期待リターンよりもリスクの方にあるように思われる。

 GPIFが使った期待リターンとリスクの数字で新しい基本ポートフォリオの期待リターンとリスクを見ると、「経済中位ケース」(国内債券の期待リターンは2.6%もある! )を前提として、期待リターンが4.57%、標準偏差が12.8%ある。

 金融的な計算でよく行うようにリターンが正規分布であると仮定して、マイナス2標準偏差のケース(全体の中の悪い方から2.3%くらいの十分起こりうると想定すべきケース)の損失率(単年度)を計算すると、4.57%――2×12.8%=-21.03%となり、GPIFの運用元本を130兆円とすると、単年度で約27兆7千億円の損失が起こりうることを意味している。

 GPIFは、債券100%の運用よりも将来の名目賃金上昇率を下回る確率が小さい等の計算をもって、このポートフォリオが良いとしているが、そもそも期待リターンの低い債券ポートフォリオで経済がそこそこ以上に上手く行った場合の(「経済中位ケース」)賃金上昇率を上回りにくいことは当たり前であり、運用環境によって巨額の損失が発生するリスクを十分検討したものではない。

 はっきり言って、GPIFの新運用計画は、年金財政上の必要リターンを期待値で満たし、同時に政府が期待するリスク資産の大幅買い増しを満たすハイリスクなポートフォリオを、無理矢理「安全で効率的だ」と言いくるめようとしたものだと言うしかない。

 米澤委員長をはじめとして、GPIFの運用委員会のメンバーは、計画策定に大いにご苦労されたことだろう。だが、百歩譲っても、言えるのは「効率的であろうと努力したことは認めるが、断じて『安全』なポートフォリオではない」ということだ。少なくとも、これは、リスキーな運用であることに対する、スポンサー(政府であり、最終的には国民)の納得の手続きが必要な「賭け」である。これに対して、専門家によって、安全で効率的な運用と認められていると言い張るのは、国民に対して不誠実だ。

 たとえば、公的年金の運用で27兆円の損失が発生した場合、年金財政はこれをどう処理するのだろうか。また、そもそも、このスケールの損失が発生しうることに、国民は納得しているのだろうか。

 この問題については、最終的には、賦課方式である公的年金が不必要に大きな積立金を抱えてハイリスク運用する、制度の建て付けが悪い。何と不細工な! そもそも、国と国民の約束である年金保険に積立金のハイリスクな運用を介在させる必要はない。株式は民間で持てばいいし、民間が持つ方がよりいい。

 それにしても、大きな損が出る前に、損の可能性を政府がどう認識しているのか、さらに、損が出た場合にどうするのか、はっきりさせることが必要だ。与野党どちらの国会議員さんでもいいから、国会で質問して、政府の答弁を引き出して欲しい。

<その4.年金支給開始年齢の大幅引き上げを急げ>
 日本の経済・財政の大きな課題は、労働人口の減少と膨れあがる社会保障費支出だ。特に、前者に対しては、高齢者と女性の労働力参加が期待されている。

 この文脈で考えると、年金の支給開始年齢の引き上げは、年金給付の削減につながるのと同時に、高齢者の労働力参加を促すインセンティブにもなる。

 もともと、保険としての年金の最大の役割は「長生きリスクの保険によるヘッジ」であるから、公的制度がまだまだ元気な60代半ばの人達に年金を支給してリタイアを促す必要はない。

 もちろん、年金制度全体の調整が必要だが、日本の寿命事情を考えると、公的年金の支給開始は最低70歳でいいと思う。高齢者の働き場をどう確保するかという問題と、個人差や運不運のある問題なので、働けない、或いは低収入な高齢者に対する補助をどう行うかをセットで考える必要があるが、年金の支給開始年齢の引き上げを「成長戦略」の一環として早急に行うといい。

<その5.「透明な再分配システム」>
 社会保障は、経済的弱者に対する、公的な(主に国による)富の再分配だ。

 公的な再分配に当たっては、フェアであること(対象が根拠無く偏らないこと)が重要であり、また同時に人的な裁量が加わる余地が小さい方がいいし、加えて制度の運営コストが小さい方がいい。

 理想は、年金と生活保護、雇用保険などを一体化して、ルール化された現金給付が行われることだろう(ベーシックインカムないしは給付付き税額控除)。ルール化された補助であれば、先の計算ができる安心出来るセーフティーネットになるし、行政コストが安上がりだ。

 しかし、公的年金にあっては、社会保険庁をはじめとする高コストな運営を行い、さらには積立金の運用まで肥大化した利権としつつあり、社会保障が変化する方向性は、むしろ理想に逆行しているようだ。

 与党でも野党でも、どちらでも構わない。現在の非効率的且つアンフェアな面を多々持った「不透明な再配分」ではなく、「透明な再配分システム」の構築をテーマに掲げて、総合的な社会保障改革を推進しようとする政治家がいてくれると嬉しい。 

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20141211-00041397-gendaibiz-bus_all
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2014.12.14 Sun l 年金 l top ▲
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